◆ 簡単スペック
◆八百津線 1 2 3 この路線が廃線になって1ヶ月後に訪れた時は、そんなに急激な変化はなかったのだが、05年11月に再訪した時にはかなりの変化があった。特に終点の八百津駅周辺の様子が一変しており、当時の面影が全くなくなっていた。途中、兼山口駅跡や中野駅跡も今回さっぱりわからなくなっていたので、もう一度行きたい所だ。 最終更新日 07/05/15 |
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@ 起点となる明智駅から八百津線部分の写真。廃線直後は八百津線割当になっていた路線が取り除かれていただけであった。 | A 八百津(終点)側を見ています。ま、廃線直後だから・・・ |
B @と同じ地点を見ています。架線は取り除かれていますが、草地の中にはレールが残っています。05年11月 | C Aと同じ方向をみています。 |
D 部分部分撤去されています。鉄橋は全て撤去されているようです。 | E Dのアップ! |
F 可児川橋梁です。’01年10月では普通の営業線に見えます。 | G この可児川を境に、向こう側が可児市、手前側が御嵩町になります。 |
H '05年11月では、なんと橋梁跡が撤去されていました。しかも、可児川にはコンクリ製橋脚跡もすっかり撤去されていました。 | I 御嵩町側の可児川鉄橋橋梁跡です。 |
J 伏見地区を兼山向けて延びる路盤跡。 | K リトル橋梁跡が! |
L 廃線直後はローカルルック・・・可児川方向を見ています。 | M Jと同じ方向をみています。この近辺に1969年度に廃止された東伏見駅があったようです。 |
N 国道21号線とアンダークロスするポイントから可児川方向に延びる築堤跡。 | O 国道とのクロス地点です。兼山へ延びています。 |
P 電化時代の架線の碍子のステイ跡が・・・ | Q 田んぼの横を走る路盤跡。兼山方向です。 |
R 国道から可児川方向をみてみました。 | S その逆! |
21.兼山へ延びる割り堀。 | 22.兼山口駅跡向けて延びる廃線跡。 |
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