■簡単スペック 全線開通 1933年8月 廃 止 1963年から1965年ぐらい 撮 影 2005年10月 総延長 美合駅−日清紡岡崎工場 約1km |
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■日清紡岡崎工場引込線について 引込線は1933年4月15日に愛知電気鉄道(現名鉄)との間に工場専用引込線敷設契約を締結し同年8月に完成。このときは日清レイヨン設立時(現日清紡合併前)。その他岡崎市には針崎工場、戸崎工場(平成9年3月閉鎖、現イオン岡崎)があり、それぞれ引込線があったそうです。 針崎工場の引込線は1924年4月に起工し旧国鉄東海道本線岡崎駅構内から引込線を敷設し原料、製品の輸送を行っていたそうです。戸崎工場の引込線は、国鉄傘下の路面電車による引込線(最終的に名鉄岡崎市内線)が存在していたようですが記録が無く詳細は不明だそうです。廃止時期はいずれも不明との事。 (日清紡広報課の方に情報を頂きました。) |
@ 美合駅の構内図。名古屋から豊橋を見ている方向です。右の草地部分が引込線跡(と思います) | A 駅西側の踏み切りに小さな橋梁跡の一部が残る。 |
B 中央の草地が路線跡。ちなみに、右の複線は名古屋本線(名古屋・知立方) | C 途中の連絡橋から見た路線跡。本線左側だが自然に帰っていてよくわからない。 |
D 本線の横に残る橋梁跡。 | E ちょっとわかりにくいが、左の本線と高度がついてきている。ここからどんどん高度を下げて行き工場へ入って行く。 |
F 道路をオーバークロスしていた鉄橋跡。橋梁跡が弱冠低い事がわかる。 | G もう一丁!登った所がバレますね・・・ |
H Gから工場まで跡はまったく残っていない。工場東の一角に残る橋梁跡。こんなに低い位置にあるという事はここは昔川でもあったのだろうか? | I 夜撮るとこんなになってしまいました。ちなみに、この板張りになっている反対側(工場敷地内)には築堤も何も残っていませんでした。 |
J ガーダーを固定していたボルトが残っています。 | 番外編 Cの連絡橋の出入り口にはレールを利用したガイドがありました。まるでこれは林鉄・・・ |
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